「暗夜」を照らす炎  - 十字架の聖ヨハネ、 リジューの聖テレーズ、マザー・テレサ -(5) リジューの聖テレーズの 『暗夜』

2012年9月12日

5月から8回にわたり、片山はるひ (ノートルダム・ド・ヴィ会員)による

「暗夜」を照らす炎  - 十字架の聖ヨハネ、 リジューの聖テレーズ、マザー・テレサ-

を連載しています。なお、この講話は『危機と霊性』
(日本キリスト教団出版局、2011年)に収録されているものです。

 

第5回目の今日は リジューの聖テレーズの『暗夜』 をお送りします。

 

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 では次に、十字架の聖ヨハネの霊性の現代における後継者とも言うべきリジューの聖テレーズの生涯をたどり、「暗夜」の現代的側面に光りをあててみたいと思います。

 

 1873年1月2日 フランス、ノルマンディー地方、アランソンにてテレーズ・マルタン誕生。

 1877年 母、乳がんで死去。リジューに転居。

 1882年 第二の母とした姉ポリーヌがリジューのカルメル会入会。

 1883年 愛情のストレスから重い心身症となる。

 1883年 聖母により心身症の奇跡的治癒。

 1886年 クリスマスに完全に心の病から解放される恵みを受ける。

 1887年 ローマ巡礼、レオ十三世に謁見。カルメル会入会の特別許可を願う。

 1888年 リジューのカルメル会入会。父マルタン氏の失踪

    (その後マルタン氏は、1889年に精神病院に入院。1894年死去)

 1890年 初誓願。

 1896年 4月 最初の喀血、その後すぐに信仰の試練が始まる。

 1897年 自叙伝の執筆。9月30日 死去

 1898年 『ある霊魂の物語』初版発行 (自叙伝原文が完全な形で出版されるのは、1956年)

 1923年 ピオ十一世により列福。

 1925年 列聖、1927年には、聖フランシスコ・ザビエルと共に、宣教の保護者と宣言される。

 1997年 ヨハネ・パウロ二世により、教会博士に宣言される。

 

 テレーズの24年の短い生涯において際だっているのは、それが絶え間ない試練と苦しみの生涯であったということです。幼くして母を亡くし、頼みとした姉達もまたカルメル会に入会する中で、そのストレスから心身症にまでなった彼女はその繊細な感受性ゆえに、いじめの対象となり、不登校となります。「泣いたといってまたまた泣く」というような弱い手のかかる子どもでした。

 

 聖母による奇跡的な癒しとクリスマスの恵みの後に、15歳でカルメル会に入会という「巨人の足取り」を遂げてゆきますが、そのカルメル会入会後も試練は欠けることがありませんでした。テレーズが最も悲痛な叫び声をあげたのは、最愛の父が脳軟化症となり、「気ちがい」になったということで、病院に隔離された時です。その原因が末娘テレーズのカルメル入会にあるのではないかとささやかれる中で、彼女はゲッセマネの園のキリストのような孤独と苦悩に苛まれます。辱めをうけた父の姿と、イザヤ書に描かれた「苦しむ僕」を重ね併せつつ、テレーズはこの試練を乗り越えてゆきました。

 

 そして1896年、23歳の時には肺結核を発病します。現在テレーズに関する研究の第一人者である、ギイ・ゴシェ師著『死と闇をこえて−テレーズ、最後の六カ月』には、テレーズのたどった十字架の道行きが、豊富な資料を基に克明に描き出されています。この本を読めば、「ばらの花を撒き、ほほえみながら死んでゆく、うら若い結核患者」といった従来のロマンチックな安っぽいテレーズのイメージは一度で払拭されます。代わりに、愛情と知恵とユーモアに富み、あらゆる面からみて成熟した一人の現代的で魅力的な女性の姿を発見することができるのです。

 

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テレーズの手記における「暗夜」

 当時のカルメル会では、照明主義の危険などから、十字架の聖ヨハネの著作はほとんど読まれていませんでした。ところが、テレーズはその確かな霊的センスと鋭い直観で十字架の聖ヨハネの価値を発見し、その著作を読んで養われてゆきます。

 

「ああ!私たちの父、十字架の聖ヨハネの著作から、どれほど多くの光を受けたことでしょう…!一七、八歳のころには、これ以外には霊的糧を持っていませんでした。」16

 

 こうして、「十字架の聖ヨハネの教説の基本的原理は、聖テレーズの教えの基礎となった。確かにテレーズはそれらを自分のものとし、自分の言葉で表現したが、霊的幼子の教えに見られる堅固な骨組みは、カルメルの神学博士(十字架の聖ヨハネ)の教えの光によってのみ明らかにされる。(中略)この神秘神学の博士が私たち現代人に対して影響を取り戻し、ただ厳格なだけと思われていた聖人の顔に、魅力ある光があてられたのは、テレーズに負うところが多い。」17 のです。

 

 修道生活に入ってすぐ、テレーズは「感覚の夜」を経験します。そして、自叙伝の中で「地下道」のイメージを用いてその「夜」を描写します。

 

「イエスは、私の手を取って、暑くもなく、寒くもない地下道、太陽も差し込まず、雨も風も訪れない地下道に連れて行ってくださいました。この地下道で見えるものといえば、半ば覆われたかすかな光(…)だけです。(…)私たちの旅は、地下道を通ってゆくので、目的地に向かって進んでいるのかどうか、一向にわかりません。でもなんとなく頂上に近づいてゆくような気がします。 私の通っている道には、自分にとってなんの慰めもありません。でもあらゆる慰めをもたらしてくれます。この道をお選びになったのは、イエスだけですし、私が主のみを、お慰めしたいのですから。」18

(つづく)

文:片山はるひ

次回掲載は10月中旬の予定です。

注:

16.幼きイエスの聖テレーズ『幼きイエスの聖テレーズ自叙伝』ドン・ボスコ社、1996年、 p.264
17.幼きイエスのマリー・エウジェヌ『わがテレーズ 愛の成長』、中央出版社、1991年(2011年重版)pp93-94
 参照 伊従信子『テレーズの約束』中央出版社、1993年。10章「無の道」と「小さい道」
18.幼きイエスの聖テレーズ『幼きイエズスの聖テレーズの手紙』1890年9月、222頁。

 

前回までの掲載分はこちら

第1回掲載  『現代の闇』
第2回掲載  十字架の聖ヨハネ 『感覚の暗夜』
第3回掲載  十字架の聖ヨハネ  『霊の暗夜』
第4回掲載  十字架の聖ヨハネ 『愛による浄化』