今回は2012年4月28日に掲載しました 『カルメルの霊性(特別編)テレーズと聖母』をご紹介します。執筆者:伊従 信子(ノートルダム・ド・ヴィ会員)
1897年春、24歳のテレーズは、結核におかされ、余命幾ばくもないことを十分承知していました。「わたしには、死ぬ前にまだしなければならないことがあります。それは聖母についてのわたしの考えを歌いあげる夢を実現することです」と姉セリーヌに打ち明けていました。 この「夢」を代母である長姉マリーは感知していたのでしようか。同じ年の5月、マリアの月にあたり、「マリアについての想い」を書き残してほしいとテレーズに願ったのです。 この依頼を受けて「おお マリアよ なぜ わたしはあなたを愛するのか」と題する二五節の詩を書き上げました。
この小さな賛歌は、マリアについてのわたしのすべての考えと、もしわたしが司祭であったなら説教したいと思うことを歌っています。 1897年8月21日
おお! わたしは歌いたい!
マリアよ なぜわたしがあなたを愛するのか
なぜあなたのやさしいみ名が心を躍らせるのか
なぜあなたのこの上ない偉大さに思いを巡らしても
わたしの魂は 恐れおののかないのかを!
あなたがおられるのは 崇高な栄光の中
あなたの輝きは あらゆる聖者に注がれる
けれども マリアよ あなたのみ前で
わたしは 目を伏せたりはいたしません!
テレーズは亡くなる一ヶ月ほど前、看病中の姉アニェスに、それまでに聞いたマリアについての説教の中で自分の心に響いたものは、なにもなかったと正直に語り、次のように付け加えました。
わたしは聖母について説教するためにどれほど司祭になりたい思ったことでしょう。 (強調は筆者)
Ⅰ テレーズのマリアについての「説教」
主よ、み言葉を聞かせてください。<真理とはなんですか>とのわたしの問いにどうぞ答えてください。そして物事をありのままに見、何物にも目をくらまされることのないようにしてください。
テレーズは、いつもこのように祈っていました。「死後、主は天使たちを伴って迎えに来られるでしょう」と言って慰めようとする修道女に、テレーズはきっぱりと答えます。「わたしを養うもの、それはただ真理だけです」。このように真理にのみまなざしを向けているテレーズが、種々の装飾をつけたマリア像にへきえきとしたとしても不思議ではありません。
マリアさまに関して本当でもないこと、知りもしないことを話してはいけません。
聖家族についてわたしのためになることは、よく人々が想像したり、話したりする
ようなものではありません。それは、ごく普通の生活であったということです。
マリアの真の姿と生活が知られていない。テレーズはその真実を知らせるために司祭になりたいと思っていました。聖母に関してテレーズはなにを洞察し、なにをわたしたちに伝えたかったのでしょう。
隠れた生活
「マリアさまについてのわたしの考えをあらわすのに、ただの一度で十分」というテレーズのメッセージは、人々に知られない聖母の隠れた生活を隠れたものとして伝えるというあまりにも簡潔なものでした。たとえば、三歳のマリアは、すでに神への愛に燃え、並々ならない熱心をもって神殿でご自身をささげられたとテレーズはよく聞かされていた。「実際には、両親にしたがって言われるままに神殿にお参りに行らしたのではなでしょうか」とテレーズは臆せず自分の考えを述べています。そして、詩の中で、恵みにみちた母マリア、選ばれたものたちの女王は、ナザレで全く貧しく生きておられたと歌っています。
わたしは知っています 恵みあふれる母よ
ナザレの村で あなたは何も望まず
きわめて貧しく 生きておられた
恍惚 奇跡 脱魂などが あなたのご生涯を
飾ることはなかった
おお 選ばれた者たちの女王よ!
この地上には 数多くの小さい者がいる
彼ら小さい者こそは 恐れおののくこともなく
あなたに向かって 目を上げる
比類なきおん母よ 彼らを天国に導こうと
あなたは好んで 普通の道を示された
ここでテレーズが「貧しく」というのは物質的貧しさではありません。脱魂・奇跡などが聖家族の生活を彩ることのない貧しい生活のことです。聖ヨゼフの仕事の支払いを断られたり、その仕事について苦情を言われたりする聖母マリアは、妻・母として女性の苦労を奇跡によってまぬがれたわけではありません。聖家族の生活は全く単純で、「神さまにとって奇跡を行なうことは、いたってやさしいことでしたでしょうが、すべてわたしたちの生活のようでした」と『最後の言葉』でも語っています。「聖母の本当の生活は、全く単純なものであったとわたしは確信しています」。
信仰に生きるマリア
このようにテレーズがマリアの隠れた生活を「説く」とき強調するのは、平凡なナザレでの日常生活で聖母がいかに信仰に生きていたかということです。
あなたは わたしに感じさせてくださる
あなたの足跡を踏むのは 不可能ではないと
おお 選ばれた者たちの女王よ!
あなたはいつも もっとも慎ましい徳を行い
天国への狭い道を 目に見えるものとされた
マリアよ! あなたのすぐそばで
わたしも小さいままで とどまりたい
地上の偉大さは すべてむなしい
あなたが訪問された エリザベットの家で
わたしも 温かい愛を行うことを学びます
マリアの生き方は信仰に生きる隠れた生活であり、この地上ですべての「小さき人々」があやかれる生き方でした。日常の平凡さ・困難の真中で、小さき者がその疲れたまなざしを臆することなく、聖母に向けることができるほど近づきやすい母マリア。
聖母はわたしたちと同じように信仰によって生きていらしたことを浮きぼりにして、マリアさまの生活をあやかりやすいものとして紹介する必要があります。
そして、聖母ご自身、わたしたちと同じように信仰に生きられたことを福音書の中から証拠となる箇所をあげて示す必要があると付け加えています。 たとえば、「両親は、イエスの答えを理解しなかった」ルカ2・50。神の母マリアがいかに知性にとっての暗夜、信仰の暗い光に照らされて生きておられたかを示す必要があるかテレーズは強調します。
聖なる福音に記された あなたの生涯を想いつつ
わたしは あえてあなたを眺め あなたに近づきます
わたしがあなたの子だと信じることは
そんなに難しいことではありません
なぜなら あなたもわたしと同じように
苦しみ そして死ぬのだから……
斜体の部分はテレーズ自身が「強調されるべき箇所」としてわざわざ『注』をつけています。このことはわたしたちにとって非常に興味深いことです。
元后であるよりも母であるマリア
おお! わたしは歌いたい!
マリアよ なぜ私があんたを愛するのか
なぜあなたのやさしいみ名が心を躍らせるのか
なぜあなたのこの上ない偉大さに思いを巡らしても
わたしの魂は恐れおののかないのかを!
あなたがおられるのは 崇高な栄光の中
あなたの輝きは あらゆる聖者に優る
けれども マリアよ あなたのみ前で
わたしは 目を伏せたりはいたしません!
ここに、テレーズの「マリアの子」として威厳・喜び・謙虚さを感じ取ることできる。しかし、子としての自覚・母への親しさが、テレーズに決して聖母の崇高さを忘れさせることはありません。かといって、マリアの偉大さがテレーズをおそれおののかせることもありません。両極をしっかりとらえた関係こそ、テレーズと聖母との美しい均整のとれた関係といえるでしょう。
無原罪であり神の母である聖マリアの輝きは、すべての聖人たちの光栄をおおい隠すとたびたびテレーズは聞いていました。しかし、「そのようなことを人々に信じさせてはいけません。何とおかしなことでしょう。母が子の光栄を消してしまうとは! 全くその反対で、聖母は、選ばれた者たちの輝きをいっそう増してくださる方だと思います」とテレーズは反論します。「マリアさまは、天と地の元后ですが、それ以上にお母さまなのです」。
そして、「わたしたちは、マリアさまよりもっと幸福です」と付け加えるのでした。なぜでしょうか。「マリアさまには、わたしが慕うような聖母がいらっしゃいませんから。もちろんイエスさまのお母さまです。でも、このイエスさまを私たちにくださいました。そして、イエスさまも十字架上で、マリアさまをわたしたちのお母様としてくださいました。 ですから、わたしたちはあなたより幸せです。」
ある司祭の手紙に、聖母は肉体の苦しみをご存じなかったと書いてありました。それに対して、テレーズは断言します。「マリアさまは、ご旅行の間、寒さ・暑さ・疲れなど大変苦しまれました……苦しみが何であるかご存知でした」と。子が母を慕い愛するには、母親は子とともに泣き、その子の苦しみをわかち合う必要を『詩』の中でテレーズは歌います。
子どもが母を愛することができるのは
母が 子供とともに泣き 子供の苦しみを背負うから
ああ わたしの愛するおん母よ この異郷の岸辺で
わたしを引き寄せようと あなたは涙を流された
テレーズは確かに自分の内的体験を通して、マリアがいかに母であるか、自分の苦しみをわかち合って一緒に泣いてくださるまでに母であるかを知っていました。
Ⅱ テレーズと聖母とのかかわり
司祭になってマリアについて説教したいとまで望んでいたテレーズは、一体聖母とどのようにかかわっていたのでしょうか。
すぐに、急いで、いつでも
『教訓とその思い出』によると、テレーズはどのような仕事をはじめるにあたっても天使祝詞を唱え、その仕事を聖母にささげていました。それだけではありません、なにか心配事や困ったことがあると、「すぐに、急いで」母マリアの方を向いた。ちょうど小さな子供が何かことあるごとに、あるいは歩きはじめた子が一歩ふみ出すごとに「ママ」と呼ぶように、母マリアに単純なまなざしを向けることをテレーズは身につけていたのでした。そしてそのたびごとに、「最もいつくしみ深い母親のように責任をもって、わたくしのためにはかってくださる」という確信を深め、聖母との絆を堅固にしていました。
聖母をよろこばせる
すぐに、急いで、いつでもマリアの方に心を向けていたテレーズが、「言うのも恥ずかしいことですが」と前置きして告白していることがあります。マリアの祈り、ロザリオを唱えるのは、苦行の道具を身につけるよりもテレーズにとってつらかったのです。どんなにロザリオの玄義を黙想しようと努めても、どうしても精神を集中できません。聖母を「これほど愛しているのに」とこの不信心にテレーズはかなりながいこと嘆いていました。この体験を通してテレーズは、子供の善意だけをみて満足してくださる母マリアへの信頼をさらに深めていったのでした。
それはテレーズが亡くなる二十日ほど前のことでした。子供のころに奇病から彼女を救ってくれた「ほほえみの聖母」像の手と足もとに、テレーズは矢車草で編んだ冠を一つずつ置きました。メール・アニェスはそれを見て、言いました。聖母の手の中に置いた冠は「あなたのためのものでしょう」と。「いいえ、聖母はお好きなようになさるでしょう。差し上げたのは、マリアさまに喜んでいただきたいから、それだけです」。なんという答えでしょう。死を迎えようとしている自分のことより、テレーズは母を喜ばせたいと思うほど、愛において自分から解放されていたのです。
母マリアの取り次ぎを頼んで
このようにテレーズは「聖母を愛している自分」から、まなざし、思いを完全に聖母ご自身へと移行させるまでに聖母を慕い愛していました。 そして「主がわたしに対して遠慮なさることがないように、聖母の取り次ぎを願う」のです。母としてマリアはテレーズのどんな小さな望みでも、どのようにしたらよいか知っておられます。そしてまた、主に無理に願うことなくすべてにおいてみ旨のままになるよう聖母は、取り計らってくださいます。そのようにテレーズは信頼していました。
それで、姉たちが妹テレーズのために「美しい死」を願ったとき、テレーズは姉たちを喜ばせるために「美しい死」を主に願うのは聖母の取り次ぎによってでした。そして、「最も美しい死とは、十字架上のキリストの死でした、わたしが望むのはそのような美しい死です」と姉たちに言い残すことも忘れませんでした。
聖母に祈って聞き入れられないとき、それ以上無理を願わず、聖母のなさるままに任せ、そのことについて心配してはいけないとテレーズは言います。亡くなる当日、全く力が尽き、あえぎながら苦しい呼吸をしていました。「どれほど熱心に聖母にお祈りしたことでしょう……けれども少しの慰めすらなく、全くの臨終の苦しみだけです」と言うテレーズは、見捨てられたと思うのでもなく、愛にみちた信頼のまなざしを聖母像に向けていたのです。
イエスは わたしにお与えくださったものを
なんでも 取り返していいのです
わたしには遠慮はご無用と お取り次ぎください
主が隠れてしまわれても わたしはかまいません
待ちましよう
信仰のかげが消え失せる、暮れることのないその日まで。
内的試練にもかかわらず
これほど主と聖母を愛していながら、このような考えがおこるとは!……でもわたしはそれに気をとめません。
このような考えとはなんであったのでしょうか。テレーズは死ぬ一ヶ月前、病室から見える墓地のそばにあるマロニエ並木の真っ暗な穴を指さしました。「わたしの心も体もちょうどあの穴のようなところにいます。何とおそろしい闇でしょう」と言った内的試練のことでした。それは測り知れない信仰の闇であったのです。四歳半のテレーズが母を亡くしてからは、兄弟三人をふくめると、家族の半分は「天国」にいました。こうして幼少の頃から「天国に行かれるかしら…」、「天国に行くには…」と祈り、徳をつみ、天国目ざしてただひたすら生きてきたといえます。そして喀血し死と直面するようになった一年前頃から、テレーズの前に立ちはだかったのはこの内的試練の厚い壁でした。
死はお前の希望しているものを与えてはくれまい。それどころかもっともっと深い闇、虚無の闇を与えてくれるだろうよ。 『自叙伝』278
テレーズが同じ年の五月に書き残した詩の中では、心と体のこの苦しい試練に関しては全く沈黙しています。ただ十六節に、その試練との関連を読みとることができるだけです。
天の王は ご自分の母が
苦悩の闇に沈むことを望まれた
マリアよ 地上の苦悩はよいことなのですね
愛しながら苦しむ それこそもっとも純粋な幸せ
イエスは 私にお与えくださったものを
何でも 取り返していいのです
私には遠慮はご無用と お取り次ぎください
彼が隠れてしまわれても 私はかまいません
彼を待ちましょう
信仰が消える 暮れることのない その日まで
『自叙伝』の中でこの試練の沈黙について、テレーズは身ら述べています。
実際、わたしが今年作ったいくつかの小さな詩に表れている気持ちから推察すれば、わたしは、信仰の幕がほとんど裂けそうになっている慰めに満たされた者のように見えるでしょう。 『自叙伝』282
テレーズは、聖母が信仰によって生きぬかれたことを強調していました。そして、その聖母にあやかって暗夜に信仰を生きぬいていたのです。信仰のない人々のために、「かたい黒パン」をかじっていることを自覚しながら。その深淵はあまりにも深い。しかし、その深淵から湧き出る清水で、今もわたしたちは潤わされています。ここにこそまさに、最年少の教会博士聖テレーズの二十一世紀における使命があるといるでしょう。
『テレーズの約束ーバラの雨』サンパウロ 伊從信子著より