神と親しくなるために(8)

2010年12月18日

うまずたゆまず            宇治のえる1

イエスを目指しなさい

みことばの英知は 

闇あるいは 甘味さのうちに

自らを示されるでしょう

―幼きイエスのマリー・エウジェンヌ神父 ocd―

                    

キリストのいのちの勝利に一致するのを待つ間、わたしたちは完全な貧しさのうちにキリストの苦しみの神秘と一つにならなければなりません。*

キリストが生きられた「喜び・闇・希望の時の神秘」はキリスト者の生活のうちで成就します。死を前にしてキリストは一つのことだけを祈りました。それはおん父とご自身が一つであるように、すべての人がご自分と一つであることでした。キリストとのこの一致はキリスト者にとって不可欠です。神は人となり、わたしたち人間を救われました。

 

飼い葉桶に置かれた神は そこで涙を流して 泣いていた (・・・)、

人間の涙は 神のものとなり、よろこびは 人のものとなった、

それとこれとは(人間の涙と神のよろこび)

常に 縁のないものだったのに       十字架の聖ヨハネ

 

わたしたちはキリストのものです。イエスはご自分のすべての態度、そしてすべての行いをもってわたしたちを愛されました。そこにこめられているイエスにおける神の強い慈しみの愛を見出します。この愛から何ものもわたしたたちを引き離すことはできません。

「ここまで小さくなられた神をわたしは恐れることはできません。わたしは愛する 幼いイエスを!」 聖テレーズの言葉

                          伊従 信子

『神と親しく生きる いのりの道』

聖母の騎士社、2009