十字架の聖ヨハネとテレーズ 2026年9月 伊従 信子

2026年9月1日

失われた時間、神を愛することなく過ごした瞬時のためにも、大きな心の痛みを持つ。 十字架の聖ヨハネ

自分の身に起こることは、順境も逆境も、すべて神から来ることを覚えていなさい。それは殉教の時に思い上がってしまったり、 逆境の時に打ちひしがれてしまったりしないために。 十字架の聖ヨハネ 

忠実にあなたのまなざしを神にとどめていなさい…
何らかの障害があなたを神から切り離しているように思える時にでさえ。
福者 幼きイエスのマリ・エウジェンヌ(ocd) 


満開のバラは 祝日の美しい飾り愛らしいおん子よ むしられたバラは撒かれ散る  風のまにまにむしられたバラは 気取らずに与える  自分が無になるまで
わたしもこのバラのように喜んでこの身をあなたにゆだねます  幼きイエスよ
ばらの花びらの上を人は惜しげもなく歩む それは無造作に扱われる
つまらぬ飾りに過ぎないと わたしは悟る  イエスよ あなたへの愛に
わたしは いのちも 未来も すべて使い尽くしてしまった
人の目には しぼみはてたバラのように わたしは死なねばなりません!
テレーズの詩「むしられたバラ」


わたしは死ぬのではありません。 命に入るのです!    
(幼きイエスのテレーズ 1987年9月30日)

日々の「時」の流れが豊かないのちの道となりますように

 伊従 信子(ノートルダム・ド・ヴィ)