教会は
いつくしみを示したいという
尽きない望みを抱いています
~『福音の喜び』~
いつくしみの特別聖年を迎えての新しい年、おめでとうございます!!
神の母の祝日ではじまるこの新しい年がキリストの母、教会の母マリアの保護のもとに、一人ひとりにとって「よい年」、よい「神のいつくしみの聖年」となりますように。マリアはどのように神のいつくしみを注がれ、平凡なナザレの生活の中でその証しをしておられたのでしょうか。
マリアは自分自身を見ることがありません、神と一致すること以外に心を砕きません。自分のことを忘れ、かえりみないこの純粋さ、これこそがマリアのうちで神がご自身の愛を注がれるようにさせたのです。
神はマリアを神の母、人類の母に選ばれました。といってもマリアは当時のイスラエルの娘たちと外見的には何も変わらない平凡な生活を日々過ごしていました。21世紀の日本で生きるわたしたちにとって、時代も生活環境も異なりますが、人間がとるべき神に対する姿勢に変わりはありません。おとめマリア、母マリア、教会の母マリアに注がれる神のいつくしみの愛がこの「特別聖年」の日々わたしたちにも注がれることを希望し、マリアにならい自分をかえりみない純粋さを母マリアに願い、わたしたちも人々に神のいつくしみを証しできますように。
母がそこにおられる、闇の中で見守っていてくださると知ることは、子供の心を喜びに躍らせます。力を新たにし、希望を立て直し、光と平和をもたらせます。
伊従 信子(いより のぶこ)
ノートルダム・ド・ヴィ