「暗夜」を照らす炎  - 十字架の聖ヨハネ、 リジューの聖テレーズ、マザー・テレサ -(2) 十字架の聖ヨハネ 『感覚の暗夜』

2012年6月15日

先月から8回にわたり、片山はるひ (ノートルダム・ド・ヴィ会員)による

「暗夜」を照らす炎  - 十字架の聖ヨハネ、 リジューの聖テレーズ、マザー・テレサ-

を連載しています。なお、この講話は『危機と霊性』
(日本キリスト教団出版局、2011年)に収録されているものです。

 

第2回目の今日は 十字架の聖ヨハネ 『感覚の暗夜』 をお送りします。

 

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十字架のヨハネの「暗夜」(Noche oscura)

  はじめに、簡単な年譜とともに、十字架の聖ヨハネをご紹介しましょう。

 1542年 スペイン、フォンティベロスの貧しい家庭にて、フォアン・デ・イエペス誕生

 1545年 父と兄の死。はたらきながらイエズス会の学校で学ぶ。

 1563年 メディナ・デル・カンポの緩和カルメル会へ入会。

 修道名:聖マティアのヨハネ。

 1568年 アビラの聖テレサとの出会いに導かれ、改革カルメル会に入り、

 修道名 十字架の聖ヨハネとなる。

 1577年 緩和派と改革派の闘争が起こり、トレドの修道院の牢獄へ幽閉される。

 1578年 奇跡的脱出の末、解放される。『カルメル山登攀』、『暗夜』執筆。この後、

 改革カルメルの重責を歴任。

 1584年 『霊の賛歌』の注解を執筆。『愛の生ける炎』執筆。

 1591年 ウベダにて死去。

 1675年 クレメンス十世により、列福。

 1726年 ベネディクト十三世により、列聖。

 1926年 ピオ十一世により、教会博士と宣言される。

 スペインの国民的詩人でもある十字架の聖ヨハネは、その著作の文学的完成度及び内容の神学的深遠さから卓越した神秘家として尊敬されつつも、一般の信徒にはちょっと手の及ばぬ聖人というイメージがあります。しかし近年、その教説の現代的価値が少しづつ明らかになり、よい解説書も多く出版されるようになりましたが、日本語に訳されているものはまだ少ないのが現状です。ここでは、主として、カルメル会士、尊者幼きイエスのマリー・エウジェヌ神父の著作『私は神を見たい』 とスエーデンのカルメル会士スティニセン神父の著作をもとに、十字架の聖ヨハネの教説の現代性に光をあててみたいと思います。マリー・エウジェヌ師の 『私は神を見たい』4はカルメルの霊性の集大成ともいうべき著作です。

(1)「暗夜」とは

 『暗夜』(Noche oscura)は、もともと十字架の聖ヨハネの書いた著作の題名でありそれが後に彼が教説の中で「夜」(Noche)と呼ぶものの代名詞として使われるようになりました。この 「夜」についての教えは、主として、ヨハネの二つの著作『カルメル山登攀』(Subida del Monte Carmelo)と『暗夜』にまとめられています。この二冊はもともと一冊の著作として構想されていたもので、ヨハネの書いた詩の注釈という形をとっています。

 『暗夜』の始まりは、十字架の聖ヨハネの魂のほとばしりとして書かれた一篇の詩です。ですから、書斎で書かれた学術書のようなものではありません。この詩に注釈がほどこされた理由は、多くの人々が適切な案内者をもたないために、道に迷っており、とくに「暗夜」について教える人がだれもいないために、苦しむ人が多いことを見かねてのことであると、ヨハネ自身が『カルメル山登攀』の序文5 で述べています。この執筆動機からして、この霊性の書が、実は優れた実用書であり、人々を導くガイドとなることが明らかになります。

 ここでまず、「暗夜」の詩の前半をご紹介しましょう。

 1.暗き夜に、炎と燃える、愛の心のたえがたく、

  おお恵まれし、その時よ 気づかるることもなく、出づ

  すでに、わが家は、静まりたれば

 2,闇にまぎれて 恐れなく それとは見えぬ姿にて、

  隠れし梯子をのぼりゆき おお恵まれし その時よ

  暗闇に身をば かくして すでにわが家は 静まりたれば

 3.恵まれし その夜に 気づかるるなく しのびゆく

  目にふるる ものとてもなく 導く光は ただひとつ 

  心に燃ゆる そが光

 ここで「夜」とは神へと向かう人間の霊的歩み、その過程を指します。神との一致への道全体が「夜」と呼ばれています。また「夜」とは、神との一致、すなわち聖性へとたどり着くために、人間が通らなければならない浄化と剥奪をも指します。なぜなら、神との一致を妨げるのは、富への執着と欲望であるからです。

 この過程をなぜ「夜」と呼ぶかには三つの理由があることをヨハネは『カルメル山登攀』で説明しています。

1)霊魂が出て行く出発点。この世のすべてのものに対する欲望を断ち、それを退けなければならないため、このような剥奪や欠如は人間のすべての感覚にとって「夜」であるため。

 2)神と一致するために通り過ぎる手段ないし「道」、これは信仰であり、信仰は理性にとって、夜のように暗いため。

 3)神という至りつくべき「終局点」からみて、神は、この世にとって、「暗夜」である。6

 大切なことは、「夜」は手段であり、めざす所は、神ご自身すなわち愛そのものであるということです。彼が、無の博士、夜の博士であるのは、まず何ものにもまして愛の博士であるからなのです。

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(2)感覚の「暗夜」

 詩人であった十字架の聖ヨハネは同時に、明晰な論理を駆使することのできる卓越した神学者でもありました。彼は神の体験に基づき、独自の人間理解をその教説で展開しているため、まずその語彙をきちんと整理し、理解する必要があります。

  ヨハネの用いる「感覚」(el sensido)は、いわゆる五感のみを指すのではありません。それはもちろん五感を含みますが、同時に想像力、記憶、悟性などの感覚と直結する精神的能力をも含みます。また「霊」(el espiritu)とは、より内的領域、すなわち根源的意志、と直観的知性の場を指します。すなわち「感覚」とは、外界から影響を受けやすい騒音や動揺の領域であり、「霊」は、神の住まい、すなわち平和と沈黙の領域なのです。そして、その深奥に聖霊の住まわれる「魂の中心」があり、それによって人間は神の似姿である。これがヨハネが描き出す内的世界の見取り図です。 7この区分けは、概念的なものではなく、彼の様々な霊的体験により与えられたものといってよいでしょう。

ここで、「夜」もこの区分けに従って、二つの種類、「感覚の暗夜」と「霊の暗夜」に分けられます。「感覚の暗夜」 は、ごく普通のもので、初心者の誰にもおこります。ですが、「霊の暗夜」の方は、非常に稀で、修練を積んだ進歩者のためのもので、霊を神との愛の一致すなわち聖性へと準備するものです。

 このそれぞれの「暗夜」にヨハネは、「能動的暗夜」と「受動的暗夜」の区別を導入します。

「能動的」とは、人間の側からの抑制の努力を意味し、「受動的」は神からの働きかけを意味します。そして、「能動的暗夜」が必要不可欠であるのは、実は受動的「暗夜」を神からうけるための、準備に過ぎないからであることも明らかにします。

 神へと向かう人間の信仰の歩みが、なぜ「感覚の暗夜」を通らなければならないのかを、十字架の聖ヨハネは、とても人間らしい、子育てのイメージでわかりやすく説明します。すなわち、信仰において初心者の頃は、人は幼子が親に甘やかされて育つように、神の中に、多くの味わい、慰め、支えを見出して、満足し、喜ぶものです。ところが、少し大人になりはじめると乳離れが必要となります。つまり「感覚的」な喜びや味わいゆえに神を求めるのではなく、神が神である故に神を求めるという大人の信仰へと成長しなければならないのです。そこで、神はこの甘やかされた初心者を「感覚の暗夜」へと導かれるわけです。

 ヨハネは、この「感覚の暗夜」を3つのしるしで識別します。それは、霊的成長の一段階であるこの初めの「暗夜」を単なる生ぬるさや怠惰あるいは、メランコリーなどと混同しないための配慮からでした。このしるしについては、『カルメル山登攀』の第二部一三章で詳しく説明されています。その第一は、神に関することのうちに、何の味わいも慰めも見出さないことです。いわゆる無味乾燥、イエズス会の霊性では「すさみ」と表現される状態です。神に関する事柄に味わいと慰めを覚えていた人が、このような状態に入ると自分は退歩しているとか、道を間違ったと思うもので、気落ちしてすべてを放棄してしまうことすら出てきます。ここで同時に第二のしるしがあることが重要です。すなわち、無味乾燥の中でも、気遣いと心配に心を痛めながら、神のことを思い出すということです。この点がなければ、単なる不熱心や生ぬるさであることは十分にありえるからです。そして第三に、努力しても、想像という感覚を使って黙想することも、推理することもできないこと。別の言葉で言えば、今までの祈りの仕方ではもう祈れなくなり、自らの能動的努力は無力となるという状態に至ったということです。それが、神からの純粋な恵みである観想(contemplation)の初めとなります。

 こうして、人は、自分の弱さ、限界、惨めさを感じることにより謙遜となり、隣人愛を深め、より深い自己認識をもって傲慢の誘惑から逃れて、信仰においての大人としての歩みをすすめてゆくことができるようになります。これが、「感覚の暗夜」において行われる浄化です。ですから、信仰者の誰にでもおこるものであり、この「暗夜」を通らなければ、いつまでも幼児の状態に留まり、大人としての信仰を得ることができないことになります。ですから、「暗夜」の詩において、これが、 「おお、恵まれし、その時よ」と歌われているのです。

(つづく)

文:片山はるひ

次回掲載は7月中旬の予定です。

注:
4.P.Marie-Eugène de l’Enfant-Jésus ocd,  Je veux voir Dieu, Editions du Carmel,1979
(英訳 I want to see God, I am a daughter of the Church, -A practical Synthesis of Carmelite Spirituality , P. P.Marie-Eugène de l’Enfant-Jésus ocd, Christian Classics, Inc, 1986)
(邦訳部分訳、幼きイエスのマリー・エウジェヌ師『わたしたちの念祷』ドン・ボスコ社)Wilfried Stinissen, La nuit comme le jour illumine, Editions du moustier, 1990.
5.十字架の聖ヨハネ『カルメル山登攀』ドン・ボスコ社、2004年、pp.24-29.
6.前掲書、『カルメル山登攀』、p.33
7.La nuit comme le jour illumine ,op.cit., pp.10-11.

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